はじめに
近年、建設業界は大きな変化の渦中にあります。人口減少による社員不足、工期短縮や品質向上要求への対応、さらにはサステナビリティを意識した社会的責任の強化など、経営を取り巻く課題は多岐にわたります。こうした状況下、企業として成長を続けるためには、確固たる目標を定め、それを確実に達成するための仕組みづくりが求められています。ここで注目されるのが、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の導入です。
「KPIは未来を見せてくれない」といった声がある一方で、KPIは数字という世界共通言語を用いて経営層、現場担当者、そしてあらゆる事業部門の連携を強化するための有効なツールとなりえます。KPIの本質は、戦略的な策定と継続的な見直しによって、活動の方向性を定め、組織全体が一丸となって目標達成へ向かうための“羅針盤”にあるのです。
本記事では、建設業界特有の状況とKPIの活用方法を深堀りし、施工から工事、そして社員の育成に至るまで、どのようにKPIを用いれば経営課題が解決できるのか、またKPIをどのようなプロセスで実施し、継続的な改善サイクルを回していくかを解説します。さらに、KPIを「数字へのオブセッション(こだわり)」と「人を動かすパッション(情熱)」の両輪で捉え、当社をはじめとする企業が2025年に向けてどのように対応すべきか、深く考察していきます。
なぜ建設業にKPIが必要なのか
建設業の環境変化と課題
建設業界は、少子高齢化や社会インフラの老朽化、円安など為替問題など多面的な課題に直面しています。技術革新による現場の自動化やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、さらにはサステナビリティに配慮した取り組みが求められる中、経営者は多忙な日々を送っています。
- 人材確保・育成: 若手社員が減少し、技能継承が困難になる一方で、業界外から優秀な人材を引きつけ、育成する必要があります。
- 工期短縮・コスト削減: 工期短縮やコスト管理により、施工・工事プロセスを最適化し、採算性を高めることが必須です。
- 品質向上・安全確保: 建設物件の品質確保、そして作業者の安全性確保(安全管理強化)は、企業の信頼性確保につながります。
- 社会的責任・サステナビリティ対応: 環境負荷の低減や、地域コミュニティとの共生、マテリアリティ(重要課題)への真剣な取り組みが、企業のブランド価値向上と社会的評価を左右します。
これらの課題を乗り越えるためには、単なる感覚的な経営ではなく、数字に基づいた戦略立案と実行が求められます。そこでカギとなるのがKPIです。
参考に建設関連のKPIをご紹介します。
国交省のKPI事例:建設業入職者数、技術者・技能労働者の週休2日の割合
大林組のKPI事例:設計施工案件におけるZEB提案率など
竹中工務店のKPI事例:施工高管理効率、施工高効率、従業員満足度、女性管理職比率、健康経営度調査総合評価点など
清水建設のKPI事例:エンゲージメントスコア、建設期間資格取得率、女性管理職比率、障がい者雇用率、DXコア人財の育成など
鹿島建設のKPI事例:戦略的投資、不動産加発事業投資額/3年間合計、リニューアル工事売上高、再資源化等率など
大成建設のKPI事例:マテリアリティとKPIs
KPIとは何か:数字を共通言語とするツール
KPIは「Key Performance Indicator」の略で「重要業績評価指標」を意味します。つまり、組織の目標(例えば「2025年までに売上XX億円達成」「新規工事受注件数増加」「社員定着率向上」など)を達成するために、どのような指標をモニタリングすべきかを明確化したものです。
建設業には多種多様な指標が存在しますが、全てを追いかけるのは非効率的です。KPIは、企業が現時点で特に重視する成果や進捗状況を示す重要な「数字」を抽出し、これらを社内で共有することで、組織全体が同じ方向を向いて行動できる状態を生み出します。
「KPIは未来を見せてくれない」という批判がありますが、KPIは未来を直接予測する魔法の球ではなく、「今、ここで何が起きているか」を数字で示し、次に取るべきアクションを見出すための「道具」です。
KPI導入のメリットと陥りがちな誤解
KPIの4つの目的
KPIを設定する目的は単に数値目標を達成することではありません。KPIの目的は以下の4点に集約されます。
- できていないことを明確にする: 目標に達していない指標があれば、その原因を分析し、改善策を立てやすくなります。
- 不要な管理項目を排除する: KPIを策定する過程で、本当に重要な指標のみを残し、それ以外の冗長な数字を排除できます。
- 次にすべきことを見出す: 数字が示すギャップを見れば、次に着手すべき改善策が見えてきます。
- できていることを強化する: 良い結果が出ている指標は、その成功要因を再現し、さらに強化することで成果を拡大できます。
間違ったKPI運用:やめてしまうことと後生大事に掲げること
最も大きな間違いは、KPIを「達成できなければ無意味」と考え、すぐに放棄してしまうことです。また、逆に一度設定したKPIを100%固定化し、環境変化や事業のフェーズ変化を無視して後生大事に掲げ続けることも問題です。
建設業は市場動向や公共事業案件の増減など、状況が刻々と変化します。KPIも同様に、定期的に見直し・改定し、新たな目標設定を行うことで時代に即した指標管理が可能となります。
KPIと評価:査定評価の道具にしない
KPIを人事評価や査定のための道具として使いすぎると、組織は数字達成だけにこだわり、柔軟な改善や創造性を失いがちです。KPIはあくまで目標達成に向けた「指標」であり、目的は経営課題解決と持続的成長のための道具です。KPI設定の本質を見失わないようにしましょう。
建設業におけるKPI設定の手法とプロセス
経営課題解決フレームワークによるKPI設計
KPIを効果的に活用するには、ゴールから日々の活動までの流れを整理した「経営課題解決フレームワーク」を用いることが有効です。このフレームワークは以下のステップで構成されます。
- ビジネスゴールの明確化: 2~3年後、2024年などの明確な時間軸で「建設業界シェアNo.1を目指す」「サステナビリティ重視企業として業界評価向上」などの最終的なゴールを設定します。
- 目標(年度単位)の設定: 1年後に達成すべき数値目標(売上高、工事受注件数、社員定着率、施工品質評価スコアなど)を定めます。
- 戦略の策定: 目標達成のための中期的戦略(3~6ヶ月単位)を3つ程度に絞り込みます(例:新規顧客開拓、既存顧客深耕、安全教育強化など)。
- 活動の設定: 戦略を実現するための日々の行動計画を立案します(例:新規顧客への週×回訪問、現場作業所での毎日の安全チェックリスト確認、資材発注プロセスの短縮など)。
- KPI設計: 活動進捗や成果を数値化するKPIを設定します(例:新規顧客訪問件数、工事着手から引き渡しまでの平均工期、社員研修参加率、環境配慮型資材調達率など)。
こうして上下左右につながりが明確なツリー状のフレームワークを用いてKPIを策定することで、どの指標がどの成果に結びつくかが明確になり、異常・ヌケモレを早期に発見できます。
KPIモニタリングと改善サイクル
KPIは設定して終わりではありません。実績や進捗をダッシュボードで可視化し、「結果」「プロセスの進捗」「異常・ヌケモレ」を定期的にチェックすることで、効果検証と行動修正が可能になります。
- 結果の把握: 目標に対する現状の達成度合いを定期的に確認します。(例:月次売上達成率、計画工期に対する工事進捗率)
- プロセスの進捗管理: 時系列で変化を見ることで、改善の効果や傾向を分析できます。(例:週次の新規顧客訪問件数推移、社員スキルトレーニング参加率)
- 異常・ヌケモレ発見: 部門や個人別に指標を細分化し、どこに問題が潜んでいるかを特定します。(例:ある作業所だけ品質不良率が高いなど)
このようなモニタリングを行うことで、ボトルネックを迅速に発見し、改善策(建設プロセス改革、資材調達見直し、安全指導強化など)を即座に立案・実行できます。
リーダーシップとKPI:オブセッションとパッションの両輪
KPI運用には、数字への厳密なこだわり(オブセッション)が必要です。しかし、組織は社員という非論理的な存在によって成り立っており、数字だけで動くわけではありません。リーダーは、**人を動かすパッション(情熱)**を駆使し、メンバーが共感し協働する体制を築かねばなりません。
- 数字による説明責任: 人材登用や表彰など、評価を行う際にKPIに裏打ちされた定量的根拠を示すことで、公平性と納得感を生み出します。
- 情熱による行動促進: 数字に表れない顧客満足や社会的貢献、組織文化の醸成などをリーダーが情熱的に語り、メンバーのモチベーションを高めます。
- バランス感覚: 完璧なロジックでも、共感や信頼を得られなければ組織は動きません。リーダーはKPIを効果的に活用しつつ、共感・信頼・誇りを醸成するコミュニケーション術が求められます。
KPI達成後の柔軟な見直しとKPI改定
KPIは達成したら終わりではありません。環境や市場変化、技術革新などで状況は変わっていきます。したがって、KPIは常に更新・改定し、時代に合わせて改善を重ねる必要があります。
例えば、2024年までに特定の実績(新規取引先数、施工期間短縮率)を達成したら、次はより上位の目標(顧客満足度改善、サステナブルな資材調達100%達成など)を設定し、新たなKPIを策定します。KPIは道具であり、経営戦略上の試行錯誤プロセスの一部なのです。
建設業界におけるKPI活用事例
例1:施工品質向上のKPI活用
- ビジネスゴール: 2024年までに業界トップクラスの品質評価取得
- 目標: 年度内に品質関連クレームを前年度比30%削減
- 戦略: 品質管理担当者の増員、定期的な現場パトロール導入
- 活動: 作業所ごとに週1回の品質チェックリスト実施
- KPI: チェックリスト項目達成率、クレーム発生件数、再発防止策導入数
目標 | KPI | 具体的な活動 |
品質評価向上 | 品質検査合格率 | 週次品質パトロール実施 |
手直し工事削減 | 手直し発生率 | 事前チェックリストの運用 |
顧客満足度向上 | 顧客評価スコア | 月次顧客ヒアリング実施 |
例2:社員育成・定着率向上のKPI活用
- ビジネスゴール: 若手社員の離職率削減と育成強化による生産性向上
- 目標: 年度末までに新卒社員定着率90%確保
- 戦略: メンター制度導入、定期的なスキル研修実施
- 活動: 月1回の個別面談、半期に一度の研修受講
- KPI: 面談実施率、研修受講率、離職件数、社員満足度スコア
目標 | KPI | 具体的な活動 |
---|---|---|
若手定着率向上 | 3年以内離職率 | メンター制度の導入 |
技術力向上 | 資格取得率 | 研修プログラムの実施 |
社員満足度向上 | 従業員満足度スコア | 定期面談の実施 |
KPI運用の実践ステップ
導入から運用までの具体的手順
- 現状分析:自社の課題を明確化
- KPI設定:測定可能な指標を選定
- 目標設定:達成可能で意欲的な数値を設定
- 実行計画:具体的な活動内容を決定
- 進捗管理:定期的なモニタリングと改善
4. 成功のためのポイント
明日から始められる!KPI活用チェックリスト
- [ ] 経営課題を3つに絞り込む
- [ ] 各課題に対応するKPIを設定
- [ ] 測定方法と担当者を決定
- [ ] 月次での進捗確認会議を設定
- [ ] 四半期ごとの見直しを計画
まとめ:KPIを軸にした建設業経営の未来
建設業界は激動の時代を迎え、企業にはスピーディーかつ柔軟な経営判断が求められています。KPIは、この時代において重要な「共通言語」となり、数字を基盤として経営課題を浮き彫りにし、改善策を導く強力なツールです。
- KPIは未来を見せないが、今を映し出し、未来への道筋を指し示す
- 試行錯誤のプロセスであり、一度決めたら終わりではなく、変化に合わせて改定する
- 数字(オブセッション)と情熱(パッション)の両輪で組織を導くリーダーシップが求められる
- 経営課題解決フレームワークを活用してゴールから日々の活動までを連動させ、KPIで可視化し、改善を回す
KPIは単なる評価指標ではなく、建設企業が戦略的に2024年以降の成長を推進し、サステナビリティに配慮した強固な組織を築くための道しるべです。ぜひ本記事を参考に、貴社独自のKPI運用を進め、経営基盤の強化と持続的な発展を実現してください。
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